「お花見」といえば「桜」なのはなぜ?
みなさまこんにちは。
毎日寒くて「春はまだか」と首を長くして待っている方も多いのではないでしょうか。
受験生の方やご家族にとっては春に待ち遠しいものは合格通知でしょうか。
日本人にとって春といえば、お花見ですね! ニュースでも桜前線の話題が出るようになってきました。
(…同時に花粉情報もでるようになりましたね。こちらの方が気になる方もいらしゃるかもしれませんが、
今日のところはお花見の話題といきましょう)
「お花見」といえば誰もが桜の花を思い浮かべますよね。
同じ時期に咲く花は桜の他にもあるのに、なぜ「桜」なのでしょうか。
そもそも「花見」という風習は平安貴族たちがはじめたものでした。
桜は「春の花の代表格」として貴族たちに愛され、桜の下で歌を詠んだり宴を催して楽しんでいたようです。
満開後1週間ほどで風に散りゆくその儚い美しさは、雅を重んじる彼らの心を捉えたのでしょう。
これらの習慣は庶民にも拡がり、農民たちの間で「花見」は「豊作祈願の行事」として行われていたようです。
桜には霊力のようなものがあると信じられ、神が宿る木として、
桜の咲き具合でその年の収穫を占ったり、開花時期に合わせ種もみをまく準備をしていたといいます。
このように、古来より桜は日本人の暮らしになくてはならない花という地位を築いてきたのです。
日本全国どこに行ってもたくさんの土地に植えられている桜の木。
開花の時期に電車の車窓から外を眺めていると、
あちらこちらがピンクに染まっていて「桜ってどこにでもあるなぁ」と思いますよね。
そんな身近な存在である桜が、近い将来見られなくなってしまうかもしれません。
日本の桜の約8割を占める品種「ソメイヨシノ」。おなじみの「白に近くほんのり薄いピンクの花」です。
この品種は江戸時代末期に染井村(現在の豊島区)の植木屋さんが作り出したものだそうで、
瞬く間に人気になりました。
もともと寿命が長く成長の遅い「木」にしては、10年という短期間で大きくなり見栄えがするため、
明治時代には全国の学校や公園、沿道や河川沿いなどにたくさん植えられ、全国に拡がっていきました。
しかしソメイヨシノという品種は、山桜など原種のように自力で繁殖することができず、
人の手がかけられて増やされたものだということです。
同時期に植えられたこれらの木の寿命が、近い将来一度にやってきてしまうらしいのですが、
まだきちんとした対策が考えられていないようなのです。
平安時代から脈々と愛されてきた美しい景色は「当たり前にあるもの」ではなく、
それらを守ってきた人たちの苦労の賜物なのですね。
今年は桜を観ながらそんな昔の人々に感謝してみようと思います。